【乃木坂46名曲】「きっかけ」の歌詞を解釈・考察してみた

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「きっかけ」は、2016年5月25日に発売された乃木坂46 2ndアルバム「それぞれの椅子」に収録されている楽曲です。

 

乃木坂工事中で放送された「ファンが選ぶ!乃木坂46ベストソング」では、表題曲でないにもかかわらず、2位に選ばれるほど、ファンからの評価が高い楽曲です。

 

ファンだけでなく、Mr.Childrenの桜井和寿さんもこの楽曲を認められ、ライブでカバーをしていました。

 

「きっかけ」は、メッセージ性が強く、人生を歩んでいく中で大切なことを教えてくれる楽曲になっています。

 

この記事では、そんな名曲「きっかけ」がなぜこんなに支持されるのか、歌詞を解釈・考察しながら説明しています。

 

 

「きっかけ」の作曲者は?

「きっかけ」の作曲者は杉山勝彦さんです。

杉山勝彦さんは、AkiraSunsetと並ぶ乃木坂46のヒットメーカーです。

 

代表曲に、「制服のマネキン」や「僕がいる場所」、「君の名は希望」、「サヨナラの意味」など乃木坂の代表曲がズラリと並んでいます。

 

今日の乃木坂を築き上げた立役者の一人だと、筆者は思っています。

 

 

歌詞の解釈・考察

それでは、ここから歌詞の解釈・考察をしていきます。

著作権の問題上、歌詞を掲載することができませんので他のサイトでご覧ください!

 

 

まずは、横断歩道を渡るシチュエーションを用いた比喩表現から始まります。

 

「きっかけ」は、この横断歩道を渡るシチュエーションが多く使われています。

 

 

 

ここでの歌詞を解釈すると、

 

横断歩道を渡っている主人公「私」が、横断歩道の途中で「いつまで信号青なのかな?」と気になっています。

気にしすぎて、「点滅する前に横断歩道を渡ろう」と思い、早歩きになるんですね。

 

 

 

ここの歌詞でいい表したいことは、

ここでは、信号(周りのもの)に影響されて、自分が動かされていることを伝えたいのだと思います。

 

 

この横断歩道を渡るときのシチュエーションは、だれもが共感できるのではないでしょうか?

このように、共感しやすい表現を用いるのが「きっかけ」の歌詞の良さだと思います。

 

 

 

ここでは、「私」が信号が赤色に変わろうとするのを見て、自分の意志とは関係なく、周りに流されて走り出す人たちを見て嘲笑しています。

 

 

そして、そんな客観的にみてる私自身を「嫌いだ」と言っています。

 

ここでなぜ「嫌いだ」と言っているか考えてみようと思います。

 

私自身も信号により、自分の意志に関係なく、早歩きで横断歩道を渡っていました。それにもかかわらず、私以外の人々が一斉に走り出す姿をみて、バカにしていますね。

人のこと言えませんね。

人のこと言えないのに、他の人をバカにしたため私自身に「嫌いだ」と言っているのですね。

 

 

 

 

乃木坂の歌詞は、一人称に「僕」が使われることが多いんですね。

しかし、今回は「私」という一人称が使われています。

 

これは、男性に限らず女性そして、乃木坂のメンバーたちにもこの「きっかけ」の歌詞が当てはまるからではないからだと思います。

 

 

 

 

さっきまでは、横断歩道を渡るシチュエーションでしたが、ここからスケールが大きくなり、人生まで広がります。

横断歩道を渡るシチュエーションは具体例であり、本当に伝えたいことはここからです。

 

 

 

ここの歌詞でつたいことをまとめてみると、

何か重大な物事を決断する時って、人はよく「この道を選んだらこういうメリットがあって・・・逆にデメリットは・・・」というように合理的に判断すると思います。

 

ただそういう理屈な考えより、この道を選ぼうとしている自分への期待やわくわく感などの胸の衝動が「決心のきっかけ」だといっています。

 

そして、ルールやシステムに縛られず、自分の意志で一つの選択肢を選ぶことが「生きる」ということなのです。

 

ルールやシステムというのは、具体例では信号機となっています。

 

 

ここで再び、横断歩道を渡るシチュエーションの具体例が出てきます。

 

信号というのは青か赤のどちらかしかなく、それぞれが、進めや止まれの2つしか示しません。

そういうルールやシステムがあれば、自分で考えず従っているだけで楽なんですね。

 

そして私は、心にも進めや止まれというように指示を出す信号があれば、悩まずに楽なのにと言っています。

 

 

先ほど「心に信号があればいいのに」と言っていたのに対し、ここでは自分の意志で決断したいという強い想いが受け取れます。

 

「心に信号があればいいのに」の歌詞の部分は、ここからの歌詞を強調したいために書かれた逆説になっていたんですね。

 

 

信号機のような指示を出してくれるものに頼らず、「ここだ」というときに走り出せる強い意志を持った人でいたいと言っています。

 

 

何か物事を決断するときの多くは、タイムリミットが存在します。

決心のきっかけは、タイムリミットが迫ることによっての浅はかな考えではなく、しっかり考えたうえで、輝く未来になることを信じた決断なのです。

 

 

このご時世、まだタイムマシンがないので、未来がどうなるかなんてわからないですね。

だから、何が正解なのかわからないですし、考えてもきりがないのです。

 

正解なんてわからないんだから、後悔のないよう自分がやりたいことを思ったそのまま歩みたいと言っています。

 

ここで再び、横断歩道を渡るシチュエーションの具体例が出てきます。

 

誰かが、信号が赤になることを危惧して、横断歩道を走って渡ります。

それを見た周りの人々は、その人につられて横断歩道を走ります。

 

そういう人たちは、自分で走ることを決めたのではなく、周りが走ったから走ったのです。

 

みんなが大学に行くから大学に行ったり、みんなが就職するから就職したりなど、特に日本人は周りに流されやすいんですね。

それがリスクを冒さない、楽な生き方だからみんなそうするんですね。

 

 

「私」は、そういう周りに流されて物事を決めるのではなく、自分自身で決断したいと言っています。

そして、その決断を後押しする「きっかけ」が欲しいといっています。

 

 

おそらく、自分の中では決断まではいかにけれども、やりたいことってあると思います。ただ、その道を選ぶ際に、何かしらリスクが伴ってくると思います。そのリスクを冒してまで、この道を選んでよいのかと悩んでいるときに、背中を押してくれる「きっかけ」がほしいんですね。

 

この歌詞の部分は、筆者もそういう体験があって非常に共感できました。

 

 

 

そして、最後の3行の歌詞が、この曲「きっかけ」を端的に表しています。

 

自分の決断を後押しする「きっかけ」がなくても、自分の思うままに決心して人生を歩んで生きていこうという強いメッセージが感じられます。

 

 

最後に

このように「きっかけ」は、人生で重要な岐路に立たされている時に聞くと、勇気をもらえる楽曲ではないかと思います。

 

自分で物事を決断するのって、すごく難しいし勇気がいることなんですよね。しかし、そういう決断というのは、誰しもみんなが通る道です。

そんな中、自分で考えて、未来を信じて自分らしい生き方を貫ける人ってかっこいいですね。普通の人は、リスクを冒すのが嫌だから、なかなかできないです。

 

もし何か重要な岐路に立たされたときは、「きっかけ」を聞いてみるといいですね。

もしかしたら、自分らしく生きる”きっかけ”になるのかもしれないですね。

 

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